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ミノックス B型

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ミノックスはその小型軽量の形からスパイカメラとして有名で、映画などにも登場しています。
(実際にスパイが使ったかどうかは判りません)
各種ミノックスの中でもB型は1958年に生産が開始され、1970年まで長く生産されたそうです。

シャッター速度と連動するセレンメーターを内蔵しており、
全長98㎜重量92g、小型軽量ですが案外に使いやすいカメラです。

シャッター速度T・B・1/2~1/1000、ASA25~400の平均測光です。
フィルムサイズは8x11㎜。専用マガジン入りで現在でも入手が可能です。大変良く写るそうですがもうさすがにその気はありません。
デジタル全盛の今、その当時高嶺の花だったこんなに素晴らしいフィルムカメラが現実的な価格で手に入るのは嬉しいですね。

このカメラの凄さは金属の加工精度が高いことでしょう。
内部のギアなどをみても工作精度が高いことはすぐわかりますが、なによりもアルミ筐体の加工には感心します。
この年代にこのように綺麗な形状に加工できたことが私には信じられません。

このサイズの110カメラはミノックス以後国内も含め、いろいろと発売されましたが本機を超える工作精度と美しさを合わせ持ったものは現れなかったですね。

何はともあれ美しいカメラというだけで手に入れるに十分な理由があります。

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フラッシュアダプターと三脚アダプターを付けた状態です。

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ライカ  A型整備完了

A型ライカのフィルム巻き上げが重くなり、巻き戻しができなくなってしまったのでオーバーホール。
ついでに色褪せた張り革の黒染めもやってもらいました。

シャッター音も随分と良くなりました。DⅡよりも軽い音がします。

黒染めも正解で、キリッとしますね、やっぱり。
オリジナルのグッタペルカ なので何の違和感もありません。

ということで、バルナックライカはこのA型が一番のお気に入りです。

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初めてのカメラ 今は昔

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ベークライト製のオモチャのようなカメラです。(今時の言い方をすればトイカメラでしょうか)
懐かしい響きです。ベークライト!!

1950年発売ということですが、既に多くの立派なカメラが各社から発売されていますね。
でもこれは決してオモチャとして売られていたわけではありません。

言ってみれば良い子のカメラといったところでしょうか。

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実はこれが私の初めてのカメラでした。

今見ると、とんでもなく簡単な作りでまさにオモチャ。
絞りなし(f8程度らしい)、シャッタースピード凡そ1/25とバルブのみ、単玉レンズの固定焦点
ファインダーに至ってはただの穴開き窓。

ボルタ判といわれた紙巻のフィルム使用でした。

未使用のデッドストック品が出たので 一瞬でタイムスリップして思わず購入。
忘れていた60年前の感触がまざまざと蘇ります。

説明書によれば革ケースが付属していたようですが、私にはケースを使った記憶がありません。
中古品だったのでしょう。
当時の価格は500円前後だったようです。
昭和32年のそば1杯の値段は30円〜35円だそうです。
そば15杯分にもなる値段は貧乏家庭には大きな出費だったことでしょう、親不孝者ですね。

小学校6年のある時、富士フィルム主催の豊島園での撮影会がありましてそれに応募したんですね。
なんと三等入選となり、浅草の松屋デパートで写真展が開かれ、そこで表彰式。
賞状と三等賞の盾をいただきました。(今思えば結構なイベントだったのですね)
その上、六切りに引き伸ばされた写真額が松屋デパートの片隅に数日展示されました。
表彰式には確か両親も来ていたはずです、一人では行けなかったですから。

でもまあこんなオモチャカメラで入選とはね。つまりそれなりに写ったということですね。
応募は棒焼きでした。
入選連絡がありネガを送れといわれて送りましたが、入選した写真はネガの最後から二番目。
60年ぶりに告白すれば、その写真は撮影会も終わった帰りがけ、フィルムが2枚残ったまま現像に出すのは勿体無いと、なんとなくシャッターを押した中の一枚だったんです。
(当時のフィルムは高かった)

全く情けない話です。

その後一時このカメラで少年向けの写真雑誌に応募して数回の入選と、佳作が続きましたが
(佳作は名前だけで写真掲載なし)中学生になって興味は音楽に移り写真趣味は終わりました。

後年自分で購入したカメラの最初は確かリコーオートハーフだったと思います。
ゼンマイによる自動巻上げが新鮮に感じた記憶があります。1960年半ばくらいでしょうか。

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シャッターボタンとシャッター切り替えレバー。
バルブのBとIのマーク。Iはインスタントの意味らしい。

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シャッター解放状態です。心許ないバネが見えます。

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ところで、手に入れたものは裏蓋開閉式ですが、私が使っていたものはボディーの上面を外してフィルムを装填する形式だったように思います。どうやらそれが初代で、こちらの裏蓋式は1956年発売の2代目のようです。
外見は寸法、形状とも一緒です。60年前の感触を蘇らせるには十分です。


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こんなに小さかったんですね。
もっともっと大きく感じていましたが。

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ライカ A型

バルナックライカの実質的な量産型初代機となるA型です。

A型は1925年シリアルNo.131から1929年No.21478まで製造が続き、その後レンズ交換ができるC型になっていくのですが、この機体はシリアルNo.16449でA型最終年1929年製造の新エルマー付きです。

この年代のライカにありがちな後塗りも無いように見えます。
ファインダーはクリアで、レンズもカビは見えず曇りも少ないようです。
(レンズが固定ですから奥までは見えませんが)

ということでこれが手元に来た状態です。

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いつもの通り掃除を始めて外観チェック。
ブラックの塗りも含めてほぼオリジナルだろうと思いますが、グリップ部のグッタペルカが茶色く変色し、汚れが気になり始め洗剤で拭き洗いました。 そこで気がついたのは汚れではなく色抜けだったのですね。

ということで綺麗にカーキ色風に変身してしまいました。

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この年代のものになると この症状は結構多いようです。もう90年近い代物ですものね。
グッタペルカの浮きや割れた個体も多いこの時代のものとしては、僅かな変色程度であれば程度が良いほうかもしれません。

黒が少し抜けてしまったこの風合いも案外に違和感がなく当分はこれで良しとしましょうか。
もうこのオリジナル材質は手に入らないようですから。

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このA型の前身は1923年に作られたシリアルNo.100で始まる30台のプロトタイプ。
0型とかヌルライカとかいわれています。(現在12台が現存しているらしい【完全オリジナルは3台ともいわれる】)当然ながらほぼ入手不可能。

そのヌルライカが最近ではウイーンのオークションハウスで3億円を超える額で落札されています。
シリアルはNo.122
その前には2012年に216万ユーロ(約2億8,500万円)で落札された「シリアルNo.116」
恐ろしいほどのバブリーな価格です。

これが落札されたヌルライカNo.122の写真です。

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ということで、私がコレクションできるのは実質的にはこのA型が終着点です。
このA型も程度が良いものは少なくなってきているようです。

1925年にA型からスタートしたバルナック型ライカは1960年のⅢg型 最終シリアルNo.989250迄、凡そ100万台近く継続生産されたカメラの基本形だけに その初代A型の無駄のないフォルムはシンプルで最も美しいと思います。


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ファインダーはゴミの混入も無くクリアです。

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ノンコーティングレンズですが、年代の割りにスレ傷も少なく、曇りも気になりません。

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一応シャッターも全速それなりに切れているようですが、実写で確認が一番でしょう。
その他の機関の調子は問題無いようです。
4月には富士のモノクロフィルム生産終了も発表されたので、手に入るうちに撮影をしてみたいと思っています。

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鏡筒の磨耗が少なくメッキが綺麗に残っています。

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レンズ交換のできないA型の特徴的な外観はレンズ横の距離環ストッパー。
このストッパーアームにほとんど傷がないのは私としては大変嬉しい限りです。

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手前から A型(エルマー50㎜) 1925年〜
DⅡ(エルマー50㎜) 1932年〜
Ⅲf(ズミタール50㎜) 1951年〜

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オリンパス ペンF

ペンF(1963年5月発売) - 世界初のハーフ判一眼レフカメラ。

ハーフ判のオリンパスペンが空前といっても良いほどの大ヒット商品となってから、ハーフ判のレンズ交換ができる一眼レフが出来ないかということから始まったペンFシリーズの初代モデルです。
一般的な一眼レフの特徴であるカメラ頂部にペンタプリズムの突起が無く、レンズの中心が右側にオフセットされています。
ミラーが上に跳ね上がる方式から横に開閉する方式を開発したことでこのユニークなデザインが生まれました。

ペンFはその後オリンパスらしい本格的なシステムカメラとして発展していきます。
初代で特徴的なのは花文字といわれているレンズ右のデザインされた【F】でしょう。
このFのロゴも設計者の米谷さんのデザインだそうです。

次のモデルからはここにはセルフタイマーレバーがつくために花文字は初代のみとなります。

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初代のフィルム巻き上げはレバーを2回引き起こすことが必要です。
流石にこれは不便で、次のモデルのFTでは1回巻き上げに改良されています。

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花文字の【F】

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シャッタースピードダイヤル Bから1/500

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ペン・シリーズの設計者・米谷美久さんはペンからXAまでの設計に携わられたオリンパスのまさにレジェンドといえる設計家です。

米谷は、ハーフ判の画面が縦長になることからフランジバックを短くできるように、通常は上に跳ね上げるミラーを横に開閉する形式の設計を考え、それに合わせてペンタプリズムを使わずポロプリズムで画像を導くファインダーを導入する着想を得た(Wikipediaから要約)

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ミラーアップの状態

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米谷さんは若い頃から実家にあったライカⅢfを使っていたそうです。
当時の公務員の平均月収が7千円でⅢfは19万円だったそうですから、現在の感覚だと500万円を超えるカメラということになりますね。

バルナックライカは米谷さんのカメラ設計の基準になっていったのではないでしょうか。
ペンFもその後のフルサイズ一眼レフのM-1もサイズやシンプルな無駄のないデザイン性は通ずるものがあるように感じます。(勿論レンジファインダーと一眼レフですから機構は別物ですが)

上段 ライカ / DⅡ Ⅲf
下段 オリンパス/ M-1 ペンF

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右から DⅡ Ⅲf ペンF M-1

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