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北魏 加彩馬俑

北魏馬1

新型コロナウイルス騒動は未だ終着点は見えず、世界から日本の対応の中途半端さに批判が向けられるような状況になってきました。
中国だからあんなに蔓延したんだなどの無責任な話も、最近の日本の状況を見ていると自分の足元はどうなんだろうと考えてしまいます。

今回の出来事で世界は、いや日本はいかに中国依存の経済構造だったかと思わざるを得ません。
インバウンド依存の全国の観光地も甚大な被害??が出ているようですね。
このへんのことも少し考え直す必要があるような気がします。
今、京都や奈良に行ったらきっと静かな昔の風情が味わえるのかもしれません。(でも時間がなくていけませんが)

百円ショップは70%以上が中国製品だったなどは想像の範囲ですが、いまや自動車に始まり産業界のあちこちで生産ストップとか、減産などが起こっています。
私の関係する建築業界でもシステムキッチンや、ユニットバスはいうまでもなく便器までもが受注の一時停止、その他クロスや床仕上げ材にまで影響が出ている有様です。
今後ともまだまだ大きな影響が出てくると思いますが、ある面では逆に中国の偉大さが見えた一面でもあるような気がします。


今回はその偉大な中国北魏時代の、多分それなりの地位の死者の副葬品であったであろう馬俑の紹介です。
三彩の俑はもちろん素晴らしいですが、加彩もまた良いですね。

北魏の馬がみな こんなに着飾っていたわけはないでしょうから これはどんな馬なんでしょうか。
きっと軍馬で高い位の人間が乗っていたんでしょうかね。

現代では、多くの人は「死」すなわち終わりと考えているのでしょうが、古代中国の人々は死後の生活に思いを馳せ、このような俑を造らせて準備を整え、新たな世界への旅立ちを迎えようとしたのでしょう。


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唐 加彩婦人俑

像高さ=39㎝(台座別)

婦人俑1

中国では権力者や貴族たちは死ぬと、殉葬として召し使いたちや、馬や馬車なども一緒に墓に埋めた時代がありました。(これは中国に限ったことではありませんが)

人形(ひとがた)の俑、あるいは道具類や動物などの明器を副葬品として埋葬するようになったのは中国では漢時代(BC 2~AD3世紀)から唐時代(7~9世紀)にかけてだそうです。

初唐頃の俑は男女共すらりとした細身の姿をしていますが、盛唐期(8世紀)以降になると美人の基準が変化してこのような豊満な姿になってきます。この姿は代表的な唐美人だったのですね。

唐文化の影響が強かった日本の天平時代では、正倉院に伝わる鳥毛立女屏風樹下美人図や、薬師寺に伝わる吉祥天像などはこれらに通ずるような姿で唐の影響がみられる典型的なものといえるのではないでしょうか。

陶俑は技術的には緑釉や三彩など上釉をかけたものと、赤みのある土で形を作り、その上に白泥を塗って頭の毛には黒、唇や頬には赤い顔料を、衣は緑など彩色した「加彩」といわれる二つの様式があります。

加彩の俑は上釉を掛けて焼かれたものよりもはるかに柔らかな印象となり、唐美人にはふさわしいかもしれませんね。

婦人俑2
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漢 灰釉獣面双耳壺

th_獣面壺1

胴径=26.5㎝(耳径=29㎝)   高さ=20㎝

漢時代の耳付き壺ですが、底が三足のものは少ないんじゃないでしょうか。
口造りのシャープさは青銅器の雰囲気も感じられます。

灰釉としましたが、上釉として掛けたのではなく窯の中で灰を被った自然釉のような気がします。

底に焦げ跡が見られません、形態からして実使用では火にかけて使用するものでしょうから、
祭事で使用された祭器ということも考えられますね。
勿論本物だとすればという但し書きを加えておきます。2000年も前のことですから。

th_獣面壺2
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獣面紋と言われる絵柄です。邪気を祓うということなんでしょうか。
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口造りは大変シャープです。
th_獣面壺8

飛び鉋の技法も用いられているようです。

th_獣面壺10
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唐 加彩馬俑


th_唐馬1

唐時代の加彩馬俑です。

こんな素晴らしい造形の俑を副葬品にできた人はどれほどの力を持っていたのでしょうね。

馬俑としてはやや小型の高さ40センチ、鼻先から尾までもおよそ40センチ。正面からは概ね正方形ということですね。

細部をじっくり見れば顔の厳しい造形、脚まわりの筋肉や蹄部分など柔らかな中にもリアルな表現は実に力強いものがあります。

それにしても、どうやってこの四本脚で自立する馬を歪みなく焼き上げるのでしょうか、不思議です。

四面どこから見ても破綻のない造形です。
当時の工人の素晴らしい技には感服するばかりです。


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唐馬17

四本脚の俑の多くは脚と台が一体で造られることが普通だと思います。この俑は台の無い四本脚で焼かれています。
不思議なほどガタつきも無く自立します。この状態で千数百年の間無傷できたのも不思議なほどですが、やや不安も残るので、蹄部分を彫り込んだ台を造ってもらいました。少し安心です。

唐馬18

背景色を替えるだけで印象が変わりますね。
どちらの背景色も素敵です。

唐馬19

漢 緑釉銀化小壺

中国 漢時代の緑釉銀化小壺です。

かつては大変高価なものでしたが、中国の大型開発によって各地から大量に出土し、今では大暴落といっても良いほどの価格で手に入るようになりました。

この壺は類品の中では小型の部類に属する、ちょうど良いサイズ感で私には好ましい壺です。

高さ=14㎝   口径=7.4㎝  高台径=7.7㎝

一括りに緑釉銀化といっても副葬品として2000年近く土中にあったものですから、銀化の程度は様々です。
状態の良い美しい銀化を呈した作品は案外に少ないのですが、本作は好ましく程よい銀化状態であるといえます。

なかなか銀化の状態を写真に収めるのは難しいのですが、頑張って撮影してみました。
土錆の付着も少なく、全体に綺麗です。
オパールのような美しい光彩は、鉛釉が長い時間の間に化学変化して生まれたものですが、これは贋物の緑釉陶によくある薬品処理されたものでは決して出せない美しさです。

仔細に見てみると、幾重にも折り重なったような微細な貫入があります。これももう一つのポイントでしょう。
小品ながら見所の多い小壺です。

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