古伊万里花籠手髭皿

元禄時代頃の製作になる上手の染錦花籠手の髭皿です。

皿の下部を半円状に成形しています。その部分をあごに当てて、上部の2つ穴にひもを通し首から吊るして髭の手入れをするのに使用した言われていますが、実際のところはどうでしょうか。「髭皿」と呼ばれています。オランダの理髪店の目印とか、看板の形とも言われますが。

あごを当てる部分の金彩と、見込花籠部分の金彩が若干薄くなっているところを見ると実際に髭皿として使用されたと思われますが状態は良好です。

髭皿はたくさん残されていますが、これほどの精作はあまりみかけません。見込の花籠図の描き込みも見事です、面白いことに花活けの取っ手の下左右に西洋人の顔が描かれています、遊び心か注文品なのか。こんな花籠図はこれ以外には知りません。

縁の三方割絵に黒の釉薬が使用されています。この時代の古伊万里で黒の釉薬が使われているというのも大変珍しいと思います。

裏絵はこの手のお約束みたいな梅の折れ枝文様ですが丁寧に描かれています。高台の◯✖️も上手のものに多いといわれますが髭皿では多くはないでしょう。

色絵柿右衛門 梅鴬文皿

色絵柿右衛門の花鳥文図柄としてはかなり知られた八寸皿ですね。

この皿も東インド会社を介して欧州へ輸出されたうちの一枚ということになりますが、飾り皿ではなく料理皿として実際に使用されたらしく、随分と使い込まれています。拡大写真で見る通り色釉がかなり薄くなっています。

「柿右衛門様式」の特徴である白地を生かした温かみのある大和絵的な花鳥図・左右非対称の伸びやかな絵模様は、当時欧州の王侯貴族達を大いに魅了したようです。

典型的な濁し手の色絵柿右衛門様式皿です。

コピーライカ  ゾルキーとインダスター

バルナックライカは、日本ではハンザキヤノン・ニッポンカメラ(ニッカ)・レオタックス等、アメリカではカードン、イギリスではリード等各国でコピー機が誕生しています。

今日ご紹介するカメラは、ソ連のゾルキー1(1948年から1956年まで生産)

ライカⅡの完全なコピー機として知られています。レンズはインダスター22という、ライカのエルマー50㎜とこれまた外観がうりふたつのものです。内部構成はテッサーのコピーだそうですが。

ボディの製作精度(プレスで一発みたいな感じ)、メッキや張り皮の質感などは本家のライカには到底及ばないとはいえ、レンズが収納状態であれば気軽にジーンズの後ろポケットに入れられる程度の中古価格帯なのはありがたいところです。ホンモノのライカではちょっと勇気がいります。レンズを伸ばした状態。シャター音は重い金属音のような感じで、本家のバルナックライカのようないつまででもシャッターを切っていたいと思うような軽快さはありません。 このレンズは沈胴式レンズ、インダスター22 50㎜f3.5 。外観はエルマー50㎜とそっくりさんです。 

写りは?正直なところを言えばエルマーもインダスターも単独では私にはその違いはわかりません。

オリンパスのE-PL3にLレンズ用アダプターを着けて簡単な撮り比べをしてみました。   ともに開放f3.5・シャッター速度1/80 で撮っています。

発色はエルマーが素直で癖が無いですね、良く言えばオールドレンズの柔らかな描写といえるのかもしれません。解像はインダスターが若干良いようです。なにしろ古いレンズですから個体によるコンディション差もあるとは思います、とくにエルマーは多くのバージョンがあり製造年代によっても違いがあるようですし。

厳密な比較とはいえませんが、発色の違い、深度の違い、解像度の違いなどがわかります。インダスター 50㎜ f3.5です。こちらが エルマー 50㎜ f3.5左がインダスター、右がエルマーです。

藍九谷水辺双鷺図皿

双鷺図よりは葦鷺図の方がにあっているのかもしれません。

伊万里の藍九谷様式と言われる典型的な7寸皿です。この図柄は入手以来何度か図録等で見かけたような気がするのですが、どこだったか思い出せません。年代が特定しやすい品物ですね。1650から70年頃の製作になると思います。

右下の濃の滲みはご愛嬌でしょうか。現代では考えられないこのような不完全品が存在するのは、製品の歩留まりがそれほど良くはなかったということなんでしょうね。俗にいう釜傷は傷ではないから作品の評価には影響しないなどが典型でしょう。

この論法も延宝頃のものになるとさすがに通用しないような気がします。 その後見つけました。柴田コレクション第7集の230番(流水鷺文 皿)面白いことに濃の滲みが左側に同じように出ています。  

これは江戸期の版画ですが、作家名を控え損ねました。鷺を主題とした絵は多く描かれていますね。本図は特にこの皿に雰囲気が近いので気に入っています。年代的には皿よりは若干後だと思いますが。

初期伊万里銀杏文皿

初期伊万里の七寸皿です、初期伊万里としてはやや堅い感じのする肌合いです。

初めに目に飛び込んでくるのは菱地文様の方で銀杏の葉3枚はよく見ないと全体が違う模様に見えてしまいますが三つ銀杏文様です。

デザインの元は、丸に三つ銀杏の家紋から来ているのでしょうね。銀杏も初期伊万里ではよく使われる文様ですがやはり3枚が多いように感じます。

丸に三つ銀杏紋やや縁が立ち上がった七寸皿です。

湯島天満宮

仕事先が湯島天神の前の建物だったので、三番目の孫の中学入試合格祈願お守りを買うことにしました。

湯島天神は東京の代表的な天満宮で、社伝によれば、雄略天皇の勅命により西暦458年に天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建されたと伝えられているそうです。菅原道真を合祀したのは1355年ということですから、私の仕事場に近い亀戸天神はその足元にも及ばないということでしょうか。(1661年創建)

学問の神様といわれるこの神社には、この時期多くの合格祈願者がお参りにきています。

th_湯島天神1
この銅製の鳥居は江戸時代初期に建てられたものだそうで、東京都の有形文化財に指定されています。th_湯島天神2
th_湯島天神3
th_湯島天神4
天神信仰の中でも、天神さまと牛は様々な縁起・伝承があるようで、門にも梅と並んで牛の彫刻が目につきます。
th_湯島天神5合格祈願のお札と学業お守りのセットを買いました。自分のことでお守りを買ったことはないのですが、まア孫は特別ということで、、、、
th_P1830003-1(ドラッグされました)

手賀沼

今日は朝から寒かったです。その上小雨模様の日曜日、仕事です。 

東京から我孫子廻りでした。手賀沼の中央に架かる手賀大橋脇の道の駅ででトイレタイム。ついでに大橋の写真を撮りました。

手賀沼は昭和49(1974)年度から平成12年までの27年間にわたって湖沼水質汚濁日本一という不名誉な記録が続いたそうですが、それほど急激な都市開発があって生活排水を流入させてしまった結果でしょう。多分下水処理場の整備遅れなんでしょうが。

国や自治体の努力で少しづつ改善しているそうですが、それでも平成24年度でワースト2だそうです。一度汚した自然を復活するには莫大な費用と時間が必要なんですね。
手賀沼1
手賀沼2
こうして見ると護岸には芦の群生も見られるんですが、この程度では追いつかないペースで開発が進んだということでしょう。
手賀沼3
一応、調整池の機能も持っているようです。
手賀沼4

北宋時代 青白磁瓜型水注

北宋(11-12世紀)時代の青白磁瓜形水注です。青白磁(影青インチン)というにはいささか青みが足りない気もしますが、蓋の秞溜まりをみるとやはり影青で良いと思います。

8本の縦筋をいれた瓜形の胴部には、細長い注口と、平紐状の把手が付き、紐などを結んで使用するために蓋と把手には環が付います。環は残念ながら把手側に欠損が有り、口辺にも3カ所欠けがありますが発掘品としてはまずまずの状態で、上秞の薄い部分には若干の汚れが入ってはいるものの、秞の艶も大きく損なわれず状態としては良いと思います。

胴の一部に下手な補修跡があります。たぶん中国で発掘(盗掘)した業者が直したのでしょう。入手当時、ひっつきの跡かとも考えましたが、考えてみれば宋代のこの手のものにそのような不完全な物があるとは思えません。

この品は、中国が国内のインフラ整備で地中から古代の美術品が大量に発見されたころに各地で組織的な盗掘が始まり、それらが日本に大量流入した1980年代に入手した物です。それまで高根の花だった中国の古美術品がこの時期大きく値崩れし、少し無理すれば一般のコレクターでも購入できるようになった頃ですね。
勿論本当に良い物は別ですが中級レベルのものは一気に値下がりしたようですから在庫を抱えた業者さんは大変だったでしょうね。

中国古陶磁ファンにとっては夢のような時代だったのかもしれません。現在では発掘が制限されているので市場には出てきません。

あの頃の日本は伊万里、柿右衛門、鍋島等が高騰している時期で、当時の日本の業者は里帰り品と称して昔欧州へ渡ったこれらの品物を競って買っていたようです。まさに今の中国富裕層の人達が金に糸目を付けずに日本に買い付けに来ている現象と同じですね。日本には中国の古美術品の名品が多いのです。

残念ながら私はその頃中国物には目覚めていなかったため、殆ど入手していません。
当時は勉強しながら頑張って買える範囲内の好きな伊万里など手に入れていたのですが、結局一番高いまさにバブル価格での入手ですから、今では惨憺たるものです。伊万里の価格があの当時に戻ることはもうたぶん無いでしょう、私が買えない名品は別として。

泣き言になってしまいましたが、そんなことで今日はこの瓜形水注のご紹介です。
宋瓜形水注1
宋瓜形水注2

胴の部分の直しがいささか残念ですが。
宋瓜形水注3

ネットで瓜形水柱を検索するとこの手の物がいろいろ出てきますが、私はこの細長いタイプが好きです。
宋瓜形水注4

蓋の秞溜まりに影青の雰囲気が感じられます。
この部分を見ると、白磁とは言いにくいので青白磁で紹介しました。
宋瓜形水注6

薄手の口造りですからこのくらいの欠けは良しとします。
宋瓜形水注7

長く土中であったための汚れが秞の下に入ってしまいます。こうなると汚れを抜くことはできないですね。
宋瓜形水注11
宋瓜形水注10
宋瓜形水注9
宋瓜形水注12

東京大学の銀杏

本郷通りを通っていると東大赤門前で赤信号。ふと見ると、なんと銀杏がすごい。こんなに銀杏があったんですね。

東大といえばやはり赤門、元国宝だそうです。

Wikipediaより 赤門(あかもん)

キャンパス南西部にあり、本郷通りに面している。同キャンパスの正門とよく間違われるが、正門ではない。

旧加賀藩主前田家上屋敷の御守殿門であり、1827年に第12代藩主前田斉泰が第11代将軍徳川家斉の第21女、溶姫を迎える際に造られた。建築様式としては薬医門であり、切妻造となっている。左右に唐破風造の番所を置いている。国の重要文化財、旧国宝。

東大銀杏

赤門を通して銀杏並木が、、、th_東大銀杏4
赤門前の銀杏並木です。th_東大銀杏3


こちらは正門前の銀杏並木、正面は安田講堂です。こちらの並木はボチボチ終わりですね。

梶田隆章さんのノーベル賞受賞の祝い看板が目に入ります。th_東大銀杏1

今日の秋色

今日は千葉の流山から東京の世田谷への移動です。
流山の途中では銀杏と椿がきれいでした。
th_1206-1.jpg
th_1206-2.jpg
流山ではモミジと欅の紅葉がきれいです。
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世田谷では送電線の鉄塔がかっこいい。最近の鉄塔はモダンです。
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