彼岸桜が咲きました

一週間前の日曜日、仕事先に近い花屋の店先に彼岸桜が10本束で売られていたので購入。
仕事先は店舗で屋号が 『高遠』 さん。オーナーさんの名前かと思っていたのですがそうではなく、出身地のようでした。

花瓶に挿しておいた桜がチラホラと咲いてきたので彼岸桜を調べてみたら、なんと長野の高遠町で多く栽培されているそうです。面白い偶然です。

少女の絵は藤井 勉さんの少女像です。2号の油絵です。藤井勉さんはヤフオクで検索すると毎週のように贋作が出品されています。伊万里も贋作オンパレードのヤフオクですが、人気作家となると絵も一緒ですね。困ったものです。

下に見える角皿は伊万里好きなら1枚は持ちたい江戸後期の地図皿です。市中に出回るものは殆ど贋物という感じの怖い品です。
絵と地図皿はお店を買いました。特に地図皿は信頼できる店でないと怖くて買えません。最近の伊万里贋作はかなりレベルが上がってきています。

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湯島天神の梅が満開です

昨日仕事で湯島へ。天神社の駐車場に車を止めて暫しの梅見としました。

道路に面した格子塀、なかなか洒落ています。



園内にはおよそ400本の梅があるそうですが、白梅ばかりが目について紅梅は少ないのが気になりました。

小畑 実が歌った「 湯島の白梅」

作詩佐伯孝夫、作曲 清水保雄

湯島通れば 思い出す

お蔦主税の 心意気

知るや白梅 玉垣に

残る二人の 影法師

お蔦と主税とくれば泉鏡花の「婦系図」です。山本富士子のお蔦と鶴田浩二の主税の映画が知られています。日本を代表した(過去形)美女美男。でも古いね。

歌は1942年、映画は1955年で歌の方が先です。

歌に合わせて植えた梅でもないでしょうから白梅が多いのには理由があるんでしょうか。

枝垂れ梅が立派です。

という事で紅梅は少なかったです。



うねったような面白い枝ぶり。



湯島天神といえばやはり合格祈願。何ヶ所かある絵馬掛けが全部鈴なりです。



泉鏡花の筆塚がありました。これも『婦系図』絡みのようで、塚の下には鏡花の使った遺品などが納められているそうです。

映画には湯島天神が別れの場として描かれるそうですが、原作には無いらしい。それにしても鏡花の文章は読み難い。正直なところ、とても私には読み切れる文章ではありません。

コダック レチナIa

前回に続きスプリングカメラのご紹介です。コダックレチナ。


以下【ウィキペディア】からの引用をします。

レチナ(Retina )は1934年からドイツコダックが製造販売したカメラである。レチナとはドイツ語で網膜の意。
レチナは、カール・ツァイス製テッサー、シュナイダー・クロイツナッハ製クセナーなど一流レンズを装着、シャッターもデッケル製コンパーを採用するなど良質なパーツを採用した製品であったが、その良好な性能に比して廉価でかつ小型軽量であったことから、市場において歓迎される大ヒット製品となった。

その価格は1934年の発売直後ドイツ本国で75マルクであった。同時代の上級35mmフィルムカメラは、1935年のライカIIIa(エルマー50mmF3.5付き)が307マルク、1938年のコンタックスII型(テッサー50mmF3.5付き)が360マルクであった。また日本では1935年時点で定価195円であった。

1937年時点でも日本でのレチナは定価195円-240円であったが、ライカはレンズのグレードにより580円から950円、コンタックスはその上をゆく970円-1,600円という超高額品で共に「家が建つほど高い」と言われていた。

レチナがいかにバリュー・フォー・マネーな製品であったかを物語る逸話である。

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レンズはシュナイダー・クロイツナッハ製クセナー50mmF3.5、シャッターはMX接点を持つシンクロコンパーを装備。

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蛇腹が見えます。これだけで嬉しくなります。

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巻き上げレバーは大きくて使い易い形状です。

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ボディー上蓋にレバーを置きフィルムを巻き上げる方式はモータードライブを内蔵しないカメラで現代でも一般的であるが、この方式は1951年にレチナIa/レチナIIaで初めて採用され、エルンスト・ライツ(現ライカ)のライカM3発売までは「レチナ式」と呼ばれていた。

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これはなんだかよく判りません。

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やっぱりスプリングカメラはこの角度で見るのが一番です。

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綺麗なプレス文字。

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1961年発売のハーフサイズコンパクトカメラで一世を風靡したオリンパスEEと比べるとコンパクトさが実感できます。

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ツァイス・イコン コンテッサ(愛称:貴婦人)

アンティークカメラマニアではない私はこのカメラのご説明ができません。例によって、解説は【ウィキペディア】からの引用とすることにします。

この年代の機械式カメラは個性的なものが多くてどれを見ても楽しいです。


ツァイス・イコン(独: Zeiss Ikon )はカール・ツァイス財団傘下で1926年に創設されたカメラメーカー

コンテッサ(Contessa 、1950年発売) - イコンタ35に非連動露出計とドレーカイル式連動距離計を搭載した高級コンパクトスプリングカメラで、すなわち「スーパーイコンタ35」というような位置づけの製品である。
フーベルト・ネルヴィン設計。24×36mm(ライカ)判。レンズは前玉回転式テッサー45mmF2.8で、前期型はツァイス・オプトン、後期型はカール・ツァイス製。シャッターはコンパーラピッド、後にシンクロコンパー。

ツァイス・イコンのコードナンバー533/24。セルフコッキングではないがスプロケットが回らないとシャッターが切れない二重露出防止機構を備える。

フィルムを入れフィルムカウンターをスタートマークに合わせて巻き上げて行くと自動的に1コマ目で止まる。
左右対称で美しく、コンパクトでよく写るため人気がある。名称はツァイス・イコンの母体の一つコンテッサ・ネッテルに由来すると思われるが、イタリア語で「伯爵夫人」の意味があるため「貴婦人」等の愛称がある。1955年まで販売された。



シンメトリックデザインで大変姿が美しく、レンズを収納すると案外にコンパクトです。フィルム巻き上げは底の巻き上げノブを回転させます。
このカメラを入手以来現在まで、空シャッターを切って楽しむばかりで実写したことはないのですが、かなり写りは良いと聞きます。
ややシャッターが粘り気味なので、いずれメンテナンスでしょうか。

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CONTESSA-2

CONTESSA-3

CONTESSA-4

CONTESSA-5

レンズは前玉回転式テッサー45mmF2.8  前期型のツァイス・オプトン

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この角度から見るのが一番美しいと思います。

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フィルムの巻き上げと巻き戻しノブ

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露出計です。

RETINA-3

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藍柿右衛門鶉文皿

今日2月5日で私は古希を迎えました。

古希の由来は、唐の詩人杜甫の詩
「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」
(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。しかし七十年生きる人は古くから稀である)にあるそうです。

今では一昔前の還暦程度の感覚だそうで、つまり稀ではないということですね。

節目の今日は、私が特にお気に入りの藍柿の皿をご覧頂きたいと思います。

この皿との出会いはかれこれ40年くらい前になるでしょうか。当時たまに出入りしていた青山のお店で、おもむろに主人が奥から出してきたものです。

その後何かの本で、この皿はある時5枚まとめて出てきたこと(確か大阪あたり?)、そのうち2枚は直しがあり完品は3枚であったというような記事を読んだ記憶があります。
関 和男さんが1990年に染付磁器名品集を編纂出版される20年以上前のことになりますね。この本では次のようにこの皿を紹介されています。

以下原文引用
「この皿は盛期伊万里の代表作である。技術的完成度の高さの中に、高い格調を有している。この皿の絵文様は「鶉文」である。それは伊万里の典型的な絵文様であり、幕末まで多く描き続けられた。この皿は、鶉文皿を代表する作品であり、盛期伊万里屈指の名品である。」

名品である理由はいろいろありますが、やはり第一は鍋島家伝来の図案帳に「櫛目裏文様皿」が残っていること。
藩指定図案と同一文様であることからこの皿が御用品と推定できること。
盛期の時代にそれを使用した作品はこの皿以外には発見されていないということにつきるのでしょう

皿としての器形の美しさも他に例をみません。



この図柄とほとんど同じ皿が多くありますが、鶉の鋭さはまるで違います。

いかにも柿右衛門様式らしい余白を生かした素晴らしい構図に、厳しく緊張感のある表情の鶉を見事な筆致で描ききっています。



櫛目裏文様

初期伊万里染付梅文徳利

初期伊万里といっても釉調や肌合いはいろいろです。カリッとした肌からトロトロの柔らかいものまで、染付の発色も濃いものから滲んだもの淡い発色のものまでまさに個体ごとに同じものがないほどの組み合わせが存在しますが、今回ご紹介のものは、トロッとした柔らかい肌合いと淡く優しい発色で自己主張のない楚々とした梅文様の取り合わせで、なんとも優しい女性的なな雰囲気を醸し出している玉壺春形の徳利です。


野村泰三さんの書付は寛永ということですから、1630~40年頃の生まれと考えましょう。



ふっくらとした腰も優美そのものです。
裏絵


葡萄文のような梅文



高台底に窯傷、水は漏れないので通ってはいないようです。
高台内の文字はどうやっても読めません紀年名とかではなく、共同窯の中での個人証明だったのかもしれません。



野村泰三氏箱書  特徴のある書体です

中城古窯 南蛮茶碗

この茶碗を入手したのは35年ほど前のことになります。

土の塊のような雰囲気があり、面白いな、程度の気持ちでの購入です。この時は島 武巳さんという名前は知りません。 その後も箱入息子のままで今に至りました。

改めて調べてみると、島 武巳さんは1980年に中城古窯研究所を設立し、中城村久場台城山頂に復元古窯城窯を開窯し、その翌年には黒田陶苑で個展を開いたそうですからこの茶碗はそれから間もない頃に生まれたもののようです。いろいろ調べると面白そうな作家さんですね。


手取りも良く、使い易そうな一碗です。夏茶碗になるんでしょうか?

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