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今年の第九 ホールに問題??

昨年はバッハのメサイアを聞いたので、この年末は読響の第九を横浜みなとみらいホールで。
これまでこのホールについては音響面で悪い印象はなかったので今回は3階席を取ってみたのですが、、、、

結果は散々で、このホールの3階は天井に近すぎですね。
間接音が耳に入ってきません。音に広がりがなく変に濁った音だけが耳に入ってきます。
妙にティンパニと、コントラバスが強調されて聞こえ、ヴァイオリンの繊細な音は聴こえてきません。
ひょっとしたらこちらの体調が悪いんじゃないかと思うくらいでした。

そんな風でしたから、とても演奏に入っていけず、久しぶりに印象の悪いコンサートになってしまいました。

残念。

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漢時代 帯鉤(belt hook)

帯鉤は、中国の春秋戦国時代から漢代にかけて流行した腰帯の留め金具、現代のバックルのようなものです。
英語表記ではbelt hookとされます。

ご紹介するものは漢時代の帯鉤です。
適当な勉強資料がなく聞き伝えのようなことになりますが、鋳造・メッキ・錯文・象嵌など、当時のあらゆる金工技術を駆使して表面を飾っていて、実に多種多様なものがあるようです。

本作も小さなもの(長さ=14㎝)ですが、青銅のボディに金銀象嵌技術の粋を凝縮したものとなっています。

およそ二千年前、日本では弥生時代の頃にこのような素晴らしい技術を持っていたことは驚くばかりです。


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金銀象嵌で造られているのがわかります。

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龍頭でしょうか、先端は潰れていますがこうして見ると目が大きくてなかなか可愛い顔をしていますね。

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吸坂手 輪花皿

吸坂手といわれる焼き物は数が少ないだけに、なかなか入手の難しいものです。

かつては古九谷吸坂手と言われた時代がありましたが、今では伊万里焼きの一ジャンルとされ、
山小屋窯(1640~50年代初頭頃に操業した窯)や百間窯で焼かれたといわれます。

今回ご紹介の品は大変に薄作でシャープな小皿です。
吸坂手は上手の藍九谷や松が谷手のような瀟洒な雰囲気のものが多いという印象があります。

周囲の輪花は六陵を持っていますが、正確に六分割されてはいません。
この部分は多分型で抜いていると思うので正確に分割することは簡単なことでしょうが、あえてファジーな分割をすることで柔らかな雰囲気を醸し出しているような気がします。

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吸坂手の器は、べたっとした柿釉のような感じに上がったものや銹釉、濃い目の鉄釉のものまで
結構幅がある印象がありますが、ご紹介する本作はどちらかといえば透明感のある薄めの銹釉という感じです。

更には焼きムラというか、色ムラというか、焼物としては不完全かもしれない様子が景色となってなんとも魅力的です。
裏の輪花の縁に櫛目も入って無地の皿のアクセントとなり、さらに魅力度アップです。

直径14.3㎝ 高台径7.3㎝ 高さ 2.4㎝

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貴重な吸坂に奮発して、張り込みの印籠箱を新調しちゃいました。

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初めてのカメラ 今は昔

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ベークライト製のオモチャのようなカメラです。(今時の言い方をすればトイカメラでしょうか)
懐かしい響きです。ベークライト!!

1950年発売ということですが、既に多くの立派なカメラが各社から発売されていますね。
でもこれは決してオモチャとして売られていたわけではありません。

言ってみれば良い子のカメラといったところでしょうか。

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実はこれが私の初めてのカメラでした。

今見ると、とんでもなく簡単な作りでまさにオモチャ。
絞りなし(f8程度らしい)、シャッタースピード凡そ1/25とバルブのみ、単玉レンズの固定焦点
ファインダーに至ってはただの穴開き窓。

ボルタ判といわれた紙巻のフィルム使用でした。

未使用のデッドストック品が出たので 一瞬でタイムスリップして思わず購入。
忘れていた60年前の感触がまざまざと蘇ります。

説明書によれば革ケースが付属していたようですが、私にはケースを使った記憶がありません。
中古品だったのでしょう。
当時の価格は500円前後だったようです。
昭和32年のそば1杯の値段は30円〜35円だそうです。
そば15杯分にもなる値段は貧乏家庭には大きな出費だったことでしょう、親不孝者ですね。

小学校6年のある時、富士フィルム主催の豊島園での撮影会がありましてそれに応募したんですね。
なんと三等入選となり、浅草の松屋デパートで写真展が開かれ、そこで表彰式。
賞状と三等賞の盾をいただきました。(今思えば結構なイベントだったのですね)
その上、六切りに引き伸ばされた写真額が松屋デパートの片隅に数日展示されました。
表彰式には確か両親も来ていたはずです、一人では行けなかったですから。

でもまあこんなオモチャカメラで入選とはね。つまりそれなりに写ったということですね。
応募は棒焼きでした。
入選連絡がありネガを送れといわれて送りましたが、入選した写真はネガの最後から二番目。
60年ぶりに告白すれば、その写真は撮影会も終わった帰りがけ、フィルムが2枚残ったまま現像に出すのは勿体無いと、なんとなくシャッターを押した中の一枚だったんです。
(当時のフィルムは高かった)

全く情けない話です。

その後一時このカメラで少年向けの写真雑誌に応募して数回の入選と、佳作が続きましたが
(佳作は名前だけで写真掲載なし)中学生になって興味は音楽に移り写真趣味は終わりました。

後年自分で購入したカメラの最初は確かリコーオートハーフだったと思います。
ゼンマイによる自動巻上げが新鮮に感じた記憶があります。1960年半ばくらいでしょうか。

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シャッターボタンとシャッター切り替えレバー。
バルブのBとIのマーク。Iはインスタントの意味らしい。

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シャッター解放状態です。心許ないバネが見えます。

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ところで、手に入れたものは裏蓋開閉式ですが、私が使っていたものはボディーの上面を外してフィルムを装填する形式だったように思います。どうやらそれが初代で、こちらの裏蓋式は1956年発売の2代目のようです。
外見は寸法、形状とも一緒です。60年前の感触を蘇らせるには十分です。


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こんなに小さかったんですね。
もっともっと大きく感じていましたが。

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まだ秋の風情

暫く更新しないでいるうちに師走に入ってしまいました。

今年は12月に入ったといってもまだまだ秋の風情です。

今日は武蔵野市での仕事先の通りすがりに千川上水の秋を見つけたのでスマホ写真をご紹介。

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Wikipediaによれば
千川上水(せんかわじょうすい)は、玉川上水を水源とし、境橋(現在の東京都西東京市新町と武蔵野市桜堤との境界付近)から江戸城の城北地域へ流れた総延長約22kmの用水路(上水)であり、江戸の六上水のひとつであった。

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近くには山茶花の大木が満開。
やはり今年は秋が長いようです。

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