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金剛力士像 頭部残欠

阿吽とは仏教の呪文(真言)の1つで、阿は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音であり、そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたという。
勿論この手の話によくあることですが、他にも色々な解釈があるようです。

ご紹介するのは金剛力士像頭部残欠で盛唐期のものと思われます。
上述の例で言えばこの像は吽形ということになりますね。

阿吽一対の形式になったのは唐時代あたりからという説もあるようですが、この像が阿吽一対だったかどうかはわかりません。
いずれにしてもこの像は仏敵から仏あるいは仏教を守るお役目だったのでしょう。

高さおよそ17㎝(台座別)

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横から見た頭部の髪型を見ると典型的な唐時代の髷。
この部分はルーペで見ると微かに緑彩が残っていて多分髷全体が緑青色だったことを思わせます。

他にも、全体に白化粧をした上に金彩を施し、眉は臙脂色、目は黒、口元は朱色などを塗り分けています。
小さい像なのですが良質な石灰岩を使用しているからか重いですね。

th_金剛力士9
th_金剛力士10
僅かに残る首筋にも忿怒の形相の表現がみてとれます。
th_金剛力士11
右耳から後頭部にかけては特に金彩がよく残っていて、黄金に輝く金剛力士だったことが窺えます。
th_金剛力士12

二宮金次郎像

今日の仕事先は千代田区三番町。

小学校入り口に、今時は無くなったと思っていた懐かしい二宮金次郎の像が建っていました。
まさか東京のど真ん中の小学校でこれを見るとは、、、、、、

ネットの記事にこんな文章がありました。
全国の小学校で、老朽化や学校建て直しなどに伴い、二宮金次郎像が撤去される現象が進んでいるといいます。
その背景には、「児童の教育方針にそぐわない」「子どもが働く姿を勧めることはできない」「戦時教育の名残という指摘」「『歩いて本を読むのは危険』という保護者の声」などもあるといいます。

th_th_DSCF2548.jpg

記憶に残る顔とは違い、随分とイケメンで今時のような気がしますが、
台座の石に刻んだ文字の潰れ具合と右から左の横書きをみると、鋳造されたのは案外に古いんでしょうかね。
横書き日本語の右書きから現在の左書きに変化したのは戦後あたりからではないかと思うのですが。

th_th_DSCF2546.jpg

足元はちゃんとわらじを履いていますね。

th_th_DSCF2547.jpg

唐 如来坐像残欠



th_唐如来坐仏2

唐時代の如来坐像残欠です。高さ=37㎝(台座別)

残念ながらお顔がありません。廃仏毀釈により破壊されたものはほとんどの場合、お顔と手を壊されています。
しかしお顔のないこの状態すらも許されるような圧倒的な存在感があります。

唐時代(618〜907年)になると肉体や衣の表現に写実的、自然主義的な傾向が見られるといわれますが、この座仏についても、彫りの深い衣紋やふくよかで写実的な身体の表現が見て取れます。

ミロのヴィーナスの場合でも欠損が無く、完全な状態であったらはたしてこれほど人々を魅了するものであったかどうか。
不完全の美、あれこれと思いを巡らす余韻の美なんでしょうか。

そういえばミロのビーナスは1964年に日本に来て東京と京都で展示されました。
最初で最後の国外展示だったそうですね。

当時私は18歳。
大変な行列をして国立西洋美術館でほぼ歩きながらの鑑賞をしたこと、何かよくわからないものの素晴らしいなと感動したことを覚えています。

th_唐如来坐仏3
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石の状態から見れば土中に埋められたものではないのではないか、だとすれば石窟のような場所で打ち捨てられたものか、石種はなんだろうか、石灰岩ではないようだし、大理石のような、砂岩系のような風化しやすい石のような。
石の虫食い状の穴はなぜできたのだろうか。いろんなことを考える必要がありそうですが、なにはともあれ美しい。

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th_唐如来坐仏14

豪徳寺 

昨日は仕事で世田谷方面の移動。
中途半端な空き時間ができて、さてどうしたものかと思いながら走っていたところ、この豪徳寺という大きな門柱が。
恥ずかしながら豪徳寺は単に地名としてしか認識していなかったのでチョットびっくり。

半端時間の消化にはちょうど良いと車が入れる参道を走ると駐車場あり(無料)

案内図を見ると、かの大老井伊直弼を輩出した井伊家の菩提寺であるらしい。

豪徳寺1
豪徳寺2
豪徳寺3
豪徳寺4

僅かな時間なので案内看板に近い やけに新しそうな三重塔と仏殿、それに招福殿を見れば良しと決めてぶらぶら。
梅の大木にはもうチラホラと梅の花。
今日と違って昨日は寒さも厳しくはなかったので梅の香りを楽しむ余裕がありました。

平日昼頃とはいえ あまり人影もなく、なんとなく遠目に井伊家の墓所らしいあたりを眺めながら招福殿の門を入り脇を見ると 大小の真っ白な招き猫がビッシリ置かれています。

豪徳寺5
豪徳寺6
豪徳寺7
豪徳寺8

あとで案内板の解説を読んで納得、きっとインスタ映え写真を期待する今時の若者には人気スポットなのでしょう。

豪徳寺9-1
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豪徳寺10
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改めて三重塔を見てみると一層と二層目の軒下にもしっかりと招き猫が鎮座していました。

豪徳寺15
豪徳寺16

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